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倖せの人 ユノの物語 81











ユノはその日、終始機嫌が良かった。

家政婦のヨンスクと楽しそうにお喋りをしながら洗い物をすませると、すぐにフンフンと鼻唄を口ずさみながら部屋の掃除を始めた。

ロウンは特別何を話すでもなく、いつもと変わらず過ごした。
そのつもりだったが、気付けばユノの姿を目で追っている。
ユノと眼が合って不意に微笑みを向けられて、素知らぬ顔で黙って眼を逸らす。そんなことを何度か繰り返しながら、ようやく一日を終えた。

夕食と入浴を済ませて、何か言いたげなユノを残して早々に自室へ引き上げた。


息の詰まるような一日に、ロウンは深い溜め息をついた。
一度認めてしまうと、もう意識せずにはいられなかった。

ロウンは椅子に腰かけて、机の一番上の引き出しを開け中から象牙色の封筒を取り出した。

封筒の中には折りたたんだ便箋と、もう一通、一回り小さな封筒が入っていた。

小さな封筒から便箋を引き出すと、ロウンは深く息を吐き、ゆっくりと開いた。

もう何度も読んだ文章を、もう一度読み返す。
少し右上がりの丁寧な文字が並ぶ便箋は、ロウンに宛てて最後にチョンイルが残したものだった。


あの日、
チョン貿易の船が沈没し、ジンギがユノを連れてここへ来た日、
ジンギがイルから預かってきた手紙は二通あった。
一通目には、自分の現状と、迎えに来るまで暫くの間ユノを預かって欲しいというイルの切実な依頼の手紙で、
それを読んですぐに、ロウンはユノを預かる事を承知した。

そこまではその場にいたユノもジンギも知っていることだが、その手紙にはまだ続きがあった。

手紙の最後には追伸の一文。

『もし、万が一、俺がユノを迎えに来ることが叶わない時には、同封の手紙を開封してください。』

と、ロウンに向けて添えられていた。


イルが亡くなり、数日が過ぎて気持ちが落ち着いた頃、
ロウンはその封筒を開いた。

そこにはイルの思いが率直な言葉で淡々と書き連ねらていた。

もちろん、イルが最後に思う事はただひとつだった。




コン…コン

と、
小さく扉を叩く音がして、はっとしてロウンは顔を上げた。

ロウンが何も答えずにいると、
少し間を置いて、もう一度、
最初よりは少し強く、扉を叩く音が響いた。

「はい」

手早く手紙を封筒に戻し、引き出しの中にしまってからひと言返事をして、ロウンはゆっくりと立ち上がった。


扉を開くと、そこには両手で枕を抱えたユノが立っていた。

「あ、あの……」

困ったように眉を寄せて、今にも泣き出しそうな顔でロウンを見返す。
大きな身体がぎゅっと縮こまって、不思議とふた回りほども小さく見えた。
その姿は親に叱られた子供のように頼りなくて、何処かしら微笑ましく愛らしくて、

「おいで」

ロウンは思わずユノの腕を引いて、部屋に招き入れていた。



「こうして……誰かが側にいると、よく眠れるんです」

ロウンの隣で、真っ直ぐに横たわったユノは、真上を向いたまま呟いた。

「孤児院では大きな子が幼い子に添い寝してやる習慣で、その頃からいつも誰かと一緒に眠るのが当たり前になってしまって……
ごめんなさい……ロウン様にはきっとご迷惑だと…わかってるんです……」

次第に声は小さくなり、そのまま黙りこむ。

「迷惑だなんて思ってないよ」

ロウンは横臥して、ユノの顔を見ながら答えた。
その言葉に嘘はなかった。
ただ、ユノの言葉を聞けば、横で眠るのは誰でもよいのだと知れる。
そう、ユノにとっては、たまたま側にいたのがロウンだったに過ぎないのだ。

そう思えばロウンはかえって気が楽になった。


「……イルがいなくて寂しいか?」

ロウンの言葉に、ユノはほんの一瞬眼を見開き、
小さく頷いた。

「イル様は……私の事をとても大切にしてくださいました。いつだって力強く抱きしめて、たくさんの愛情をくださった。ずっと一緒だと……言ってくださった……」

ユノは天井を見つめたままゆっくりと言葉をつないだ。

「私にとって、イル様は……この世界のすべてでした。
何もかも、イル様が私に教えてくれました。
人を愛する気持ちも、愛される喜びも……、家族の温もりも、帰る場所のある幸せも…… 」

淡々とした声でユノは言った。
不思議なことにその横顔はとても穏やかで、ロウンはその美しさに魅せられながら、ユノの言葉を聞いていた。

「イル様が消えたこの世界は、突然すべての色彩が消えて失くなったようでした。
何を見てもすべて色褪せた白黒の世界で、私独り取り残されて、時間が止まってしまったようで……」

「ユノ……」

「でも、人間って不思議です。そんな時にでも朝が来れば目覚め、お腹がすいてご飯を食べ……仕事をして夜が来れば疲れて眠る………
どんな時でも、身体はちゃんと生きることを憶えているんですね。
心の中では時が止まったままなのに、身体は勝手に動いて同じ毎日を繰り返して……
そのうちに、私の中の苦しさや悲しみは毎日の生活の中で少しずつ薄まって溶け出して、
やがて止まっていた時間が動き出して、世界は少しずつ色を取り戻してゆきました」

そう言うと、ユノは身体を横に動かしてロウンと向かい合った。
美しい顔がロウンの正面にある。
臆することなく真っ直ぐに見つめる瞳に吸い込まれそうになる。

「イル様と一緒に生きた時間、私は本当に幸せでした。
今思えば、私には勿体ないくらいの毎日を当たり前のように過ごしていたんです。本当にイル様には感謝しかありません。
今はもう伝えることはできないけれど、この気持ちはこれからも、一生忘れずにいなければと思います」

そう言ったユノの顔は、何処かふっ切れたような潔さがあって、本当に美しいとロウンは思った。

「だけど……、イル様がいないこの世界にも、たくさんの美しいものや大切なものがあることを、今の私は知っています。
そのことに気付けたのは、すべてロウン様と、ヨンスクさん達のおかげです。
この世界は広くて、まだまだ私の知らないことや見たこともないものが無限にあって……
これからも、もっとたくさんの人に出会い、いろんな事を知り、いろんな経験をして、
もっともっと美しい、大切なものを見つけることができるかもしれない。
だから、後ろを振り返るばかりじゃダメだって、
顔を上げて、前を向かなきゃ、って……今はそう思えるようになったんです」

ユノの言葉に、ロウンは胸が熱くなった。
ユノの真っ直ぐで強い心に感動すら覚えた。 

「ああ……。ユノ、それでいいんだよ。
イルもきっとそれを望んでいるはずだ……」

「そうだといいけど……。もしかしたら薄情な奴だと叱られるかもしれません」

ユノはそう言って小さく笑った。

「ロウン様…… 私の話を聞いてくださって、ありがとうございます。
こうして口に出して言葉にできて、なんだか心がすっきりしました」

ユノは嬉しそうな笑顔で言った。

「ロウン様のお側にいると、それだけでなんだか安心できて、穏やかな気持ちになれるんです。
それにロウン様はお優しいから、つい甘えてしまって……
本当にごめんなさい……」

「いいんだ。私もユノといると楽しい。ユノは本当に可愛い子だ」

「もう……私は大人です。子供扱いしないでください」
そう言ってユノは口を尖らせた。

「すまない。私からすれば、本当に我が子のような歳だから……」

ロウンは手をのばして、ユノの髪を優しく撫でた。


「私は……ロウン様にとって、いつまでも子供のままですか?」

ユノは小さな声でそう呟いた。

「ユノ……」

無意識に、ロウンは髪に触れた手をその白い頬に滑らせた。
滑らかな肌に触れた瞬間、頬がピクリと震えた。
慌てて手を引こうとしたが、それより早くユノの左手がその上に添えられていた。

「ロウン様の手……すごく冷たい」

そう言うと、頬に押し当てられたままのロウンの手をその上から包むように握った。

「寒くないですか?風邪ひかれないように温かくしないと……」
心配そうにロウンの顔を覗き込む。

「大丈夫、いつもこうだから。
私には若い頃からの持病があってね、そのせいで手足の血行がよくないんだ」

「それで、いつもお薬を……」

ユノは呟くと、ロウンの手を自分の両手で包んだ。
そのまま顔の前に引き寄せて、口を大きく開けて、
はぁ、と温かい息を吹きかけた。

「ユノ……」

「こんなに冷たくて……」

手の甲を優しく擦りながら顔を寄せて何度も息を吹きかける。

ユノの優しい温もりで、指先だけでなく全身がゆるりと溶け出してゆく。
愛おしさが込み上げて抑えきれず、
ユノの髪に顔を埋めて、気付かれぬようにつむじの辺りにそっとくちづけをした。

「もういい。ありがとう」

ユノの両手の間から手を抜いて、そのまま背中に回して抱き寄せた。

「この方がもっと暖かい」

「はい……」

ユノは小さく答えると、胸元からそっとロウンを見上げた。
その黒い瞳がランプの灯りを集めてゆらゆらと揺れている。
まるで何かに吸い寄せられるように、
気がつけばその白い瞼に唇を押しあてていた

唇を離すと、ユノはゆっくりと目を開いて、

少し照れたように、嬉しそうにふわりと微笑んだ。


もう一度、ユノの身体に回した腕に力を込めて抱き寄せると、ユノはロウンにぎゅうと抱きついてその胸に顔を埋めた。


ジジ……と、微かな音とともにランプのオイルが燃え尽きて、
部屋の中に不意に暗闇が訪れた。


「おやすみ、ユノ」

ロウンが呟くと、腕の中でユノが身動いで、
顔のすぐ近いところに温かな息を感じた。

一瞬だけ、唇に柔らかなものが触れた。

それはすぐに離れ、

「ロウン様、おやすみなさい」

囁くような小さな声と、温かな吐息。


ユノはもう一度身動ぎ、ロウンの腕の中に戻ると、
まもなく静かな寝息をたて始めた。












更新遅くなり、申し訳ありません。
気長にお待ちいただけるとありがたいです。




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Author:Black Pearl
はじめまして。BlackPearlと申します。東方神起のふたりが大好きで、大好きで、久しぶりに書き始めました。心ときめく日々を与えてくれるふたりに感謝💕この想いを共有してくださる方、よろしくお願いいたします。