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哀歌(エレジー) #3









僕があの日、ユノの手を離したのは、

これから先、二度と僕達の運命が交わることはないと思ったから。

僕の知らないところで、ユノはユノの人生を送って、
例えば、いい会社に就職して、素敵な恋人を作って、
結婚して、家族ができて……
僕と一緒ならできなかったであろう豊かな人生を、送ってくれると信じていたから。

僕には見えない所で、ユノが幸せでいてくれるのなら、
それで僕は充分だと思っていた。

僕にはユノとの想い出が、
ユノに愛された日々があるから、

これから先、その幸せな記憶を糧に生きていける……
そう、本気で思っていた。


なのに、
ユノは突然、僕の目の前に現れた。

僕が思い描いていた通りの人生を送っているユノが。


一流大学を出て、一流企業に就職して、
きっと素敵な女性と結婚して……

僕はそれを望みながら、
だけど、見たくはなかった。
ユノが他の誰かと幸せでいるところなんて、
見たかったわけじゃない。



それなのに、

僕と会えて嬉しい、と言う。

運命、だなんて、
そんな甘い言葉を当たり前のように囁き、
僕の手を握った。



あなたは、狡い。
嬉しそうに微笑みながら、そんな言葉を吐くなんて。

あなたは、もう……
その薬指に誓った人がいるんでしょう?

神様の前で、永遠の愛を誓ったはずなのに、

どうして、
今さら、僕の前に現れて、
僕の気持ちを揺さぶったりするんだよ……



「……チャンミン…?」

黙り込んでしまった僕を窺うように、ユノはそっと顔を覗き込む。

黒い美しい瞳は、昔と少しも変わらない。

あなたの真っ直ぐなところ、
自分の気持ちに正直で、偽れないところも、昔のままだ。


もう、あなたも、僕も、いい大人なのに。

世の中のルールも、常識も、ちゃんとわきまえてる大人のはずなのに……

そんなものすべて投げ棄てて、堕ちてしまえるなら……
そんな衝動が僕の胸を突き上げる。



「……今、どこにいるの? やっぱりソウル市内?」

僕は平静を装い、ユノに尋ねた。
それは僕の最後の抵抗だった。

「え、ああ。ここから30分くらいかな。マンション借りてる」

「そう。奥さんは何してる人?。あ、専業主婦? 子育て中とか」

僕はわざとらしく明るい声でいった。

ユノの眉がピクッと動いて、静かに視線を降ろした。

ユノは、僕の手を包んだままの自分の両手をじっと見つめて、
それからゆっくりと唇が動いた。

「……4年前に、結婚したんだ。妻は、大学の同級生で……」

「そう……、よかった。おめでとう」


僕はユノの手の下から自分の手を引き抜いた。

妻、と言ったユノの声は優しかったから、
その声で、僕は正気を取り戻せた。
僕たちに、二度目の運命なんてないんだ。


「……妻は、病院にいる」

ユノは言った。

「え、?」

「入院してるんだ。もう、2年になる」

ユノは自分の手を見つめたままだった。

「そう……、あの、子供は、いないの?」

「いない。一度できたけど、8か月で流産した。
もともと身体の弱い人だったから……」

「ごめんなさい……辛いことを聞いてしまって……」

「いや、いいんだ。チャンミンには隠し事はしたくないから」

ユノは小さく首を振り、口元だけで笑った。


僕は、ボアの言葉を思い出していた。
家庭の味に飢えているとは、この事だったのか。
ならば……

「もしかして……新聞部から移動になったのは……」

「ああ、ボアから聞いたのか……。記者は出張が多いからな。普段は向こうのお義母さんがいてくれてるから、何も心配はないんだけど」

「病気……重いの?」

「ん……、もともと心臓と腎臓が弱かったんだけど、日常生活は普通にできてたんだ。妊娠して、それで流産して……それが身体に大きな負担をかけてしまったようで
それから暫くして入院した」

「そう……、ユノも辛かったね…… 」


ユノの優しい眼差しの奥に、そんなに辛い現実を抱えているなんて、思いもよらなかった。

ユノは、幸せになっていると、信じていたのに。


僕は、

僕は間違っていたのか?

こんな、ユノを苦しめるために、
僕は手を離したんじゃないのに……


「チャンミン、泣かないで。俺は大丈夫だから」

ユノの腕がのびて、長い指がそっと僕の頬を滑った。

僕は自分でも気づかず、涙を流していたらしい。

「ユノ…… ごめん ごめんなさい……」

両手で顔を覆って、僕は泣き崩れた。


僕は愚かだった。
ユノのため、なんて言い訳をして、逃げ出したのは僕の方だ。
そのせいで、ユノをかえって苦しめることになってしまった。

ユノを信じて、一緒にいればよかった。
それができなかった僕の弱さが、ユノを苦しめることになるなんて……


ふわりと、僕の身体は温かいものに包まれた。

ユノが隣に座って、遠慮がちにそっと僕の肩を抱いて、

「チャンミンは、悪くない。俺に謝ったりしないで」

耳元にユノの声が聞こえて、僕の身体は震えてしまった。
懐かしいユノの匂いが僕を包んで、
次第に強くなるユノの腕に引き寄せられて、厚い胸に顔を埋めた。

「ずっと、チャンミンが忘れられなかった。いつも、心の奥に君がいて……、
だから、これは……そんな俺に与えられた罰なんだよ」

ユノの右手が、僕の左手をそっと握って、

僕は、その手を強く握り返した。

堪えていたものが噴き出して、もう、抑えることはできなかった。


ユノが罰を受けると言うのなら、
僕も共に受けよう。

僕達が愛しあったのが、罪だというのなら、
真に罰せられるべきは僕なのだから。


ユノとならば、どんな場所に流されたとしても、
僕は何も恐れない。



「ユノ、愛してる…… 」

僕の言葉が終わらぬうちに、
ユノの厚く柔らかい唇が僕の唇を塞いで、


僕達は重なりあって闇に堕ちていった。






















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『哀歌(エレジー)』 平井堅 2007年

短編の予定ですが、もう少し続きます。


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コメント

哀歌

お話いつも楽しみに読ませていただいてます。平井堅さんは大好きで、アルバムも全部持ってます。私の中のこの歌のイメージは失楽園で、、。哀しい終わりなので、お話のラストがどうなるのかとてもとても気になります。楽しみにしています^ - ^

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はじめまして。BlackPearlと申します。東方神起のふたりが大好きで、大好きで、久しぶりに書き始めました。心ときめく日々を与えてくれるふたりに感謝💕この想いを共有してくださる方、よろしくお願いいたします。